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阿部正弘講演 Q&A 糸永直美アナとの対談公演より

阿部正弘講演 Q&A   糸永直美アナとの対談公演より 阿部正弘を語る前の時代背景(捕鯨の意味) 今日は「本格ミステリー作家島田荘司が語る歴史、ミステリー」と題して島田荘司様にお話を伺いたいと思います。私たち二人は誠之館出身です。誠之館創設者である阿部正弘は、総理大臣の立場で、日米和親条約締結をしたことで、教科書にも出てきます。 ただ、その評価はさまざまです。 島田さんは、次回の作品で安部正弘を題材に書く予定だと伺っております。なぜ阿部正弘は開国という決断をしたのか。 日米和親条約を突っぱねていたらどうなっていたのか。 たいへん興味深いところです。まずは突然、黒船がやって来る様子を思い浮かべると当時の日本人はみんな、びっくりしたでしょうね。 ● そもそも、黒船の、日本側への要求というのは何だったのですか? 貿易しましょうということですか?  この時のペリーの要求は三つです。交易は含まれません。  ひとつはアメリカの難破船の救助です。当時のアメリカは世界一の捕鯨大国で、大西洋の鯨を捕り尽くしてしまい、いなくなってしまったので、太平洋に鯨を捕りにきていたんです。そして日本の近海は、鯨の良好な漁場だったのですね。  だからアメリカの捕鯨船は、日本の近海で嵐に遭って、難破して漂流することがたまにありました。ところが命からがら日本に漂着しても、日本人は異国人を鬼として畏れていて、助けるどころか石を投げたり、棒で打って殺してしまうと噂されていたわけです。  今後はそういう野蛮なことはやめて、難破したアメリカの漁船員はきちんと救助して、看病してやって欲しいという要求です。まあこれは当然ですね。  それから二番目は、水、食料、燃料の石炭、薪の補給ですね。  三つ目は、長崎以外に、そういう捕鯨船、補給基地となる港を、日本に開いて欲しいということです。  当時鯨を捕ると、全体を細かく刻んで、肉片をすべてロープに吊るして、その下で薪を焚いて炎で肉をあぶって、油をぽたぽた滲み出させて甲板で採集したんです。  しかしこの薪を大量に捕鯨船に積んで漁場まで来るのは、スペース的に無駄です。日本で薪の補給ができれば、船内を乗組員のためにもっと有効に活用できます。 ●  当時のアメリカは、何のために捕鯨をしていたのでしょうか。  油を取るためだけです。アメリカ人は、鯨の肉はいっさい食べませんで...

黒船 日本語オペラ

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黒船  日本語オペラ   島田荘司作詞作曲 なぜ阿部正弘を日本語オペラで唄うのか。 島田荘司が、主人公阿部正弘とその妻の物語、時代背景を語るとともに、2020年初演となった「黒船」の楽曲映像を公開 出典:http://www.woodyjoe.com/15040 「黒船」日本語オペラ創作の想い 島田荘司より  クラシック音楽の歴史を彩ってきた名曲群、これらを生み出した芸術家の数々の衝動。「運命」はかく扉を叩けりとか、交響詩「新世界より」──。しかしベートーヴェンのドイツも欧州も、国が消滅するほどの激しい恐怖とともに、国の玄関口が叩かれたことはありません。この衝撃を真に味わった国民は、実は極東の、島国人なのです。  これらは黒船来襲にこそ、あてはまります。そうなら、日本人こそがこうした曲想に挑戦すべきでは──? とそう思ってきました。それはかつて、「本格ミステリー」という数理パズルなら、「塵劫記(じんごうき)」を愛好し続けた日本人の仕事では? と思ったことに似ています。  貴族の館での恋愛騒ぎ、そうした楽しい歴史は日本には乏しいのですが、日本人はかつて、はるかに進んだ軍事力を持つ軍船に、突如国の扉を激しく叩かれました。その時感じた国が消える恐怖。事実、地球上の非白人国はこの時、ほぼすべて消滅していたのです。そして命を捨て、国を守ろうと決意をした男たちの悲壮さでは、日本人はどこの国にも負けません。そうならこれを日本語の音楽で、とそういう挑戦を思ったわけです。 黒船と日本その背景 目次 阿部正弘講演 Q&A   糸永直美アナとの対談公演より 黒船来航と日本そして阿部正弘   阿部正弘講演」より 阿部正弘伝    母校誠之館高校同窓会報への寄稿文より 日本語オペラ 黒船 楽曲映像 日本語オペラ「黒船」(島田荘司作詞作曲•中山博之編曲)は、2020年12月1日に開催された「第5回ミステリーの巨匠・島田荘司先生と一緒に音楽を楽しむ会」で日本最高のテノール歌手・村上敏明さんを筆頭にオペラ歌手総勢8名が、黒船から11曲のアリアやデュエットを初披露しました。この公演での歌唱映像を公開いたします。また豪華なゲストの皆様の歌と演奏も。 【出演者】 ● 主役・阿部正弘 : 村上敏明(テノール) ● 阿部正弘の妻・謹子:神田さやか(ソプラノ, 竹村真実(...

黒船来航と日本そして阿部正弘 「阿部正弘講演」より

黒船来航と日本そして阿部正弘 「阿部正弘講演」より               幕末の世界情勢 黒船の来航は一八五三年ですが、幕末当時の世界情勢は、いったいどのようなものだったでしょう。日本を取り巻くアジアの情勢も、だいたいどのようなものだったのか、これについてまずお話しします。  多くの日本人たちが誤って認識していたり、理解が不徹底であったりする部分がここなのですね。  そうなった理由はわが国の教育です。近現代史の世界地図が、充分に教えられていないわけです。今日はそのあたりもある程度踏み込んで事実をお話しし、阿部正弘の作った藩校「誠之館」卒業生のみなさんには、現実をある程度認識してもらい、これを材料に、将来に向けて、自分の考えを構築するようにして欲しいと考えます。  学校で教えられないということは、事実が隠されている、というに近いのですが、では何が隠されているのかというと、阿部正弘と黒船来航の時代、これは十九世紀のなかばですが、この時代の世界のありよう、植民地時代の現実ということです。ついでに、誰がこれを終わらせたか、という問題もあります。  何が何故隠されているのかというと、この時代にヨーロッパの白人たちが、植民地の庶民に対して行った非道な仕打ちというものが、隠されているのですね。欧州人は今、人権外交ということを言っています。キリスト教の博愛主義とか、文化的交流、人種平等も強調されますが、それはこの時代の反省に立つもので、それゆえに、現在世界のリーダーを自認する人たちにとっては、自分たちこそが近年、アジア、アフリカに対して悪魔の仕打ちを為した張本人、という事実は具合が悪いのですね。  もうひとつは、先の太平洋戦争で敗戦して、アメリカの進駐軍、GHQが日本に入ってきて、いわゆる「WGIP、ウォー・ギルト・インフォーメイション・プログラム」と呼ばれる洗脳教育を日本人に対して施した成果が、実は今も続いているわけです。この洗脳教育は、昭和二十七年まで続けられました。  日本のラジオや新聞のニュースの原稿や記事を二部提出させて、一部は保管、もう一部に検閲機関が徹底して赤字を入れて返し、これを滑らかな日本語にするように、と命じられました。  そのポリシーは、日本軍の行動を美化したり、讃えたりする表現は厳禁、旧軍は侵略と暴力行為の犯罪集団であることを強調、日本の軍人や時に政治...